少しだけ温まった体も駐車場から自宅への数分で冷え始めていた。
襟を立てるだけじゃ寒さはしのげない。
ポケットから自宅の鍵を取り出し鍵穴へと差し込む。
物音?
違和感。
用心深く俺は懐に手をやる。
心臓に手が触れる。
鼓動が徐々に速度を増すのが手に取るようにわかる。
息を整える。
そしてゆっくりと鍵を右に回す。
“カチャ”
もう一度息を整える。
深呼吸をして、少し待ってからドアノブを右に回す。
音を立てないように玄関のドアを開く。
光が室内に漏れるより早く叫んだ。
『誰だっ!』
沈黙は動かない。
アンサーは無かった。
“カサ”
やはり物音。
だが、その微かな音のおかげで正体を見破った。
玄関に居る居候だ。
一ヶ月程前から突然我が家に転がり込んできた。
合鍵も持たないそいつがどこから入ってきたのかは分からない。
だが、そいつがどこにだっていつでも出入り出来る事は知っていた。
経験がそう告げている。
その侵入者は足を怪我していた。
俺は気まぐれでそいつを飼う事にした。
初めて見た時は壁の保護色なのか?薄い灰色をしていた。
今はウッドチップの敷材と同じ、茶色の体色だ。
名無しの権兵衛じゃあまりにしまりが悪い。
俺はそいつに《やもやん》と名づけた。
《やもやん》は生餌を良く食べ、今ではすっかりと元気になっていた。
俺の用心深さと《やもやん》は、どうやら同棲が出来ないらしい。
―お前ともお別れだな―
不釣合いな大きいケージから《やもやん》を取り出した。
別れを惜しんでいるのか、俺の掌から動く気配はない。
俺は外に出ると目に付いた草むらに《やもやん》をそっと下ろした。
暫くその場に留まる《やもやん》
しかし、直ぐに独特な歩行でジャングルへと姿を消した。
家にヤモリが出ると幸せになれるらしい。
昔読んだ何かの本に書いてあった。
《やもやん》にしがみつくほど俺は幸福を求めちゃあいない。
求めるのは幸せじゃない。
いつまでも借りの返せないお袋への罪悪感が消える事だけを望んでいる。
ふと上を見上げると空が白み始めていた。