『ドウゾでげす。』
その声とともに、いつの間にか俺の横に立っていた丘嶋が缶コーヒーを俺に差し出す。
こいつが何かを俺にギフトをする時は決まってリターンを求めている。
今、お前に渡せる俺からのギフトはない。
一度はそう考えたが差し出された缶コーヒーを見た。
そこには微糖と書かれていた。
こいつなりに今の俺を理解(わか)っている。
俺は缶コーヒーを受け取るとステイオンタブを押し込んだ。
小気味良い音が耳に届けられる。
同時に鼻腔に広がるエメラルドマウンテンの香り。
そのまま空っぽの胃へと少し甘いコーヒーを流し込む。
『サンクス。生き返ったよ。』
半分近くまで減った缶コーヒーを丘嶋の方へ掲げて俺は言った。
丘嶋は変わらず伺うように俺を見下ろしている。
“あんたなら、禁断の果実を胃に入れた結果はわかっているんだろう”
とでも言いたげな顔をしていた。
『で、何が知りたい?』
丘嶋の方を向きもせずに俺は言った。
今にも涎をたらし出しそうな顔をしているのはわざわざ見なくても容易に想像がついた。
経験がそう告げている。
『何の話だったんでゲスか?社長は』
丘嶋が言った。
俺はすかさずポケットをまさぐる。
そこに答えがあるはずだ。
奥に入り込んだコインを取る。
『答えはこれだ』
俺はコインを取り出して親指ではじいた。
慌てて丘嶋が受け取ろうと両手を差し出すが、コインは空しく床に落ちた。
『チェッ!でゲス』
丘嶋がコインを床から拾いあげて言った。
俺は自分の顔が少しだけ緩むのを感じた。
丘嶋は苦笑いを浮かべると頭を掻きながら踵を返して雑用へと戻っていった。
俺はそれを見届けはせずに残った仕事を片付ける事にした。
外はまだ薄暗かった。
吐く息は濃い白で、この気温が続くのなら煙草の本数は減らせそうだ。
太陽もこう寒くてはなかなか面を拝ませてはくれないらしいが、そもそも俺は奴をあまり好きじゃない。
孤独を照らせるのは月だけだ。
オフィスを出た俺は皆と別れて相棒の下へと向かった。
駐車場に着くと、お利口な相棒は変わらずそこに居た。
―早く私を暖めて
そう言っているように俺には感じられた。
求められるのもたまには悪くない。
ただし、こいつともあくまでギブ&テイクの関係だ。
俺は車に乗り込むと、相棒の望み通りエンジンを温めてそのまま自宅へと車を走らせた。
続く。