俺の風俗体験記 ~白川PartⅠ~第十二話

薄暗い階段を登っていくと、都会の喧騒が俺の耳に飛び込んできた。
俺は地図で示されていたホテルの場所へと急ぎ足で向かった。
煌くネオン。
どれも魅力的な誘い文句が書かれている。
ケモノ達が口をあけて旅人を待っている。
酔っ払いの大学生やサラリーマン。
皆、ケモノの餌になるとは露とも分からず美酒に酔いしれているのか。
既に千鳥足の者も居た。
夜という世界に関しては俺も同じ餌だったのかも知れない。
だが、今夜で変わる。
俺は被食者から捕食者へと。
示されていた場所に近づくにつれて、いつの間にか喧騒はスピーカを絞ったように音は遠のいていた。
ネオンもまばらになり暗がりの通りへ。
示された場所へ曲がる。
一際怪しく光るネオン。ホテルマハラジャが先に見えていた。
アラビア風の宮殿を模した外観。
白と恐らくゴールドを基調にしている。
隣にはホテル秘宝館があった。こちらは薄いピンク色をしており、いかにもと言った卑猥さを放っている。
俺はマハラジャに入る事にした。
ホテル前まで着くと、自動ドアをくぐりホテル内へ。
なんの事はない、外観と違い内装は普通のホテルとさほど変わりは無かった。
タッチパネル式のホテルでは無く、受付が居るタイプのホテルのようだ。
受付カウンターへと進む。
受付は目隠しがあり口元しか見えない作りになっているが俺には分かる。
年の頃なら五十手前だろうか?
経験がそう告げていた。
―このくらいの女ならまだストライクゾーンだ―
俺は受付の女に部屋利用の旨を伝えた。
女は無言でぶっきら棒に部屋番号のプラスティックの札がついた鍵を渡してきた。
207号室。
プラスティックの札にはそう記されていた。
俺は左を向き、エレベーターと書かれた案内板を見つけてそちらの方に歩いていった。
エレベーターホールに辿り着く。
エレベーターの上向きの矢印を押す。
すぐさまドアが開く。
俺は颯爽と乗り込むと二階のボタンを押した。
モータ音と共にエレベーターが動き出すのを感じた。
いよいよ決戦の舞台へ。

続く。

俺の風俗体験記 ~白川PartⅠ~第十一話

俺はスタジャンの内ポケットに手を滑らせた。
しっかりと用心棒を握る。
汗ですべらぬようしっかりと握り込む。
そして素早く取り出し、受付の男に向けて言い放った。
『バイブは持ち込みだと無料でゲスか?』
受付はおののいたが…
余談だがおののいたは、おのののかに似ている。
受付は冷静に俺に告げた。
『お客様、バイブのオプションは当店の物も持込も有料で二千円でございます。』
俺は落胆の色を悟られまいと、平静を装いながら言った。
あくまで、ナチュラルに。
『まあ、初めての店でバイブは止めておくでゲス。そもそも女の子の技量を見るにはこちらが受け手に回らなくてはいけないでゲスもんね。性感マッサージはお客がされるほうで、しっかりと楽しむにはオプションは不要でゲス。うん。そうだ。オプションは今回は無しにしようでゲス』
俺は受付の男を見た。
―やりきったか?―
表情が読めない。
なかなかのポーカーフェイスだ。
さすが、第一の関門を任されているだけはある。
受付は眉一つ動かさなかったかと思うと、急に笑顔になり言った。
『では、女の子お任せで結構ですね。オプションも無しと言う事でご料金は三万二千円を頂戴致します。よろしいですか?』
俺はつくづく受付の男に関心をした。
―俺がプロフェッショナルなら、こいつもプロフェショナルだ―
俺はようやく商品名、《スーパー用心棒君2000ハード‐ウッドグリップバージョン‐》という名のバイブを懐にしまった。
そしてようやく財布から相手の提示した取引金額を出し、カウンターの上に置いて言った。
『出来ればでいいでゲスが、金額だけ書かれた領収書を欲しいでゲス。』
領収書。
淡い期待だが、依頼主が対応をしてくれるかもしれない。
この紙切れ一枚で天国にも地獄にもこの世は変わる。
受付の男はやはり笑顔で俺に答えた。
『大変申し訳ありません。ただ今領収書を切らせておりまして、必要ならば女の子が伺う際にお届け致しますが?』
地獄の釜は開きかけていたが、直前で思い留まってくれた様だ。
俺はゆっくりとうなずいて言った。
『では、女の子から領収証を貰うでゲス。この後はホテルで待っていればいいでゲスね?』
受付の男はその言葉を聞くと、カウンターの下から何やら地図を取り出してきた。
ちょうど地図の真ん中あたりの一帯が色が変わっている。
おっと、言い忘れたがもちろん地図はラミネートされてある。
受付の男は色の違うその場所を手で示して言った。
『こちらの辺りですが、場所はお分かりになりますか?』
この男は俺をおのぼりさんか何かと勘違いをしているのだろうか?
―ふっ。池袋のマップは大体頭に入っている。ただし、裏通りに限るがな―
もちろん、示された場所もわかっていた俺は頷いた。
受付の男はさらに続けた。
『では、こちらにあるホテルマハラジャかホテル秘宝館にお入り下さい。込みのプランでご利用頂けるホテルになります。並んで建っていますので、どちらに入って頂いても結構です。入室されましたらお電話でホテル名と部屋番号をお伝え下さい。』
こんな場所は一刻も早くおさらばだ。
俺は話を聞き終わると、受付を背にして出て行こうとした。
ドアノブに手をかけた時だった。
『お客様っ』
俺はゆっくりと振り返った。
『女の子が伺うまでにこちらにご記入をお願いします。』
受付の男は一枚の紙切れを渡してきた。
俺はその紙を受け取ると、ポケットに突っ込んだ。
名刺二枚くらいのサイズだろうか?
いや三枚くらいか?
違うな、確かB3サイズとかだったか?
いやそれよりは小さい気がする。
ならばA5か?
違うな?
やはり名刺二枚分か?
―くっそ、とにかく紙だ。面倒くさい大きさの紙だ!―
俺はようやくドアから外に出る事にした。

続く。

俺の風俗体験記 ~白川PartⅠ~第十話

受付はあざ笑うかのように言った。
『はい。ご指名料、入会金全て合わせて三万四千円になります』
とんだバッドラックと踊っちまった。
WEBページには書いていなかった。
と、思う。
思い起こしてみる。
―女性の画像に気を取られ、注意事項等をしっかりと読んでいなかったかも知れない―
誤算。
良くある事なのかも知れない。
経験がそう告げている。
ここで受付と揉めるつもりはない。
有利に駒を進めなくては。
修羅場はいくつも踏んできたつもりだ。
計画を変更するしかない。
俺は受付に言った。
『そうだ!やっぱり初めての店だし指名は無しで、お兄さんのお勧めでお任せするでゲス』
危険な橋を渡る事になるかも知れない。
経験がそう告げていた。
依頼を受けた時から覚悟は出来ていた
そこまでしないと社長に借りは返せない。
それほどに大きな借りだ。
そう、初めての風俗を奢ってもらうと言う事とは。
思えば10年程前だった。
おっと、思い出に浸れるほど余裕ある状況じゃない。
俺は今の状況を整理した。
―池袋はまだまだ俺に厳しい―
ただ、予想外の事はこれだけとは限らない。
俺は財布を出すよりも先に懐の用心棒を確めた。
―出来れば使いたくは…―
だが計画がここまで大きくずれた今、躊躇などしていられない。
いよいよ用心棒に活躍してもらう時が来たようだ。
やはり、経験が告げている。
そして俺の頭の中のサイレンはもうずっと鳴り続けている。

続く。

俺の風俗体験記 ~白川PartⅠ~第九話

池袋西口の繁華街。
懐かしく、やはり苦い思い出の詰まった街だ。
この街に色々教わった事は今も忘れちゃいない。
今日はこの街に借りを返すつもりだ。
俺はネオンを一瞥する。
東京の獣は、俺の街と違う。
いつだって大きな口をあけてカモを待っている。
いくつものネオン。
無数の獣が巣食っている。
眠らない獣の餌食に今日も誰かがなっているのだろう。
だが、俺は違う。
今夜は俺が獣を喰らう番だ。
ーキッチリと借りは、倍返しだ!!ー
俺はお最近お気に入りの台詞を心の中で呟いた。
西一番街。
一つ隣の通りを歩いた。
さしずめ迷路のように入り組んだ路地。
進んで行くと目的の場所はあった。
もちろん表に看板の類は出ていない。
周りの景色から受付の言葉と符合する。
どうやらこの場所のようだ。
―ここだ。間違いないっ―
もう一つの最近お気に入りの台詞を心の中で呟いた。
受付の男が確か電話で言っていた。
地下に降りた先のドアから店に入れと。
薄暗い階段を降りると聞いた通り、ドアがあった。
秘密を守るようにスチール製のドアは硬く閉じられている。
俺はゆっくりとドアノブを回した。
鍵は掛かっていない。
招かれざる客では無いようだ。
ドアを開ける。
『いらっしゃいませー!』
狭い店内に響き渡る声。
声の感じから先程の電話の男に間違いない。
経験がそう告げている。
坊主頭にずんぐりとした体格。
白いシャツに薄いブルーのネクタイ。
カウンター越しなのでズボンの色は分からない。
恐らく黒か紺だろう。
経験がそう告げていた。
三、四畳のスペースの半分近くを占めるカウンター。
簡素な丸椅子が三脚置かれている。
俺は男へと歩を進めた。
ここまできたら完全に腹は決まっている。
俺は受付の男に告げる。
『さっき電話した…』
言いかけると、オーバーリアクションで受付の男は数回頷いた。
『先ほどお電話頂いた丘嶋様ですね?お待ちしておりました。』
まずは相手が一本。
先手を取られたが次はそうはいかない。
今度はこちらのターンだ。
もちろん倍返しだ。
俺は言う。
『すぐ遊べるんでゲスね?良い娘はいるんでゲスか?』
矢継ぎ早に続けた。
『それなりに経験のある女の子が良いでゲスね。そういう娘は居るんでゲスか?』
受付に少し話す暇を与えた。
『大丈夫ですよ。今ならあきらちゃん…』
―違う、そいつじゃないっ!―
『それと、しょうちゃん…』
―そいつでもないっ!―
『後は…』
―さぁ何もかもゲロっちまえ―
俺は心の中で吼えた。
『…りょうちゃんですね。』
―ビンゴ!そいつだ―
『三名がただ今お待ち時間無しでご案内出来ます。どの女の子が宜しいですか?』
受付が俺の顔色を伺う。
―計画通り―
―ここは計画通りに―
俺は落ち着けるように自分に言い聞かせた。
『100分コースをりょうちゃん指名でゲス』
俺は受付に出来る限り悟られないように、今一度財布の中身を確認した。
―100分コースの料金、駐車場代、帰りのガソリン代、そして指名料金―
俺の行動を遮る様に受付が言った。
『では、100分コースとご指名料金、それと入会金を合わせて…』
思わず心の声がポツリと漏れる。
『―えっ、入会金?―』
―入会金だと?入会金だと?入会金だと?―
―なん…だと?―

続く。

俺の風俗体験記 ~白川PartⅠ~第八話

駐車場へと急ぐと愛車に乗り込んだ。
シートに素早く腰を落とす。
イグニッションキーを回す。
ハンドルを持つ。
―ちょっと手荒になるが、愛してないわけじゃないんだぜ―
心の中で相棒に呟いてからアクセルを踏み込んだ。
高速を使えば一時間少々。
東京都池袋。
北口。
目指す【痴女りたい】はそこにある。
岩槻インターチェンジから、東北道に乗る。
そして首都高へ。
まだ車のご機嫌は良いようだ。
しかしある事に気づく。
数日前のランチを豪勢にしておくべきだった。
牛丼レベルのガソリンじゃ相棒もすぐ腹が減る。
ケチってツケが回ってきた。
ガソリンが残り少ない。
財布には必要額と二千円程度の金しか入ってない。
下ろしている暇は無い。
それに帰りに下ろす事も出来ないだろう。
そもそも銀行に貯金などない。
よってキャッシュカードも持っていない。
だが、二千円分のガソリンがあれば自宅までは戻れるだろう。
依頼が先決だ。
信用を失ってしまっては二度と依頼は来ないだろう。
おまんまの食い上げになっちまう。
俺は深く考えず車を飛ばした。
もちろん法定速度でだ。
標識が目に飛び込む。池袋と記されてある。
俺は左にウインカーを出した。
池袋の街に吸い込まれるように、弧を描きながら速度を落とした。
高速を降りた後は程近くの駐車場へと車を停めた。
目的地よりは少し離れていたが、歩ける距離だ。
胸の高鳴りを抑えるのにはちょうど良かった。
今さらだが、もう一度持ち物を確認する。
財布、携帯。手帳。
そして何より、懐の用心棒。使わないに越した事はない。
だが必要であれば躊躇しない。
不思議な程に心は落ち着いていた。
準備は全てオーケイだ。
俺は【痴女りたい】へと向かった。
しかしいきなり行くのは紳士的じゃない。
一度電話を入れておく事にした。
番号を押すと呼び出し音が耳元から流れた。
『お電話ありがとうございます。悶々性感ヘルス、【痴女りたい】です。』
やけに元気の良い受付の声。
暗い野郎を想像していたが、勝手な思い違いだったようだ。
動揺。
だが、ここまで来てひるんでなどいられない。
怯えや迷いが生むのはいつも最悪の結果だけだ。
経験がそう告げていた。
そう思いながらも俺は無意識で声色を変えていた。
『あのお…初めて利用するんでゲスが、今空いてるんでゲスか?』
すぐさま答えは返ってきた。
『はい大丈夫ですよ。今ならお待たせせずにご案内可能です。』
安堵。
予定は狂っていたがどうやらここから取り戻せそうだ。
続けて受付の男が言ってきた。
『お名前を伺ってもよろしいですか?ご来店頂いた際にスムーズにご案内可能ですよ』
俺はとっさに答えた。
『私の名前は丘嶋でゲス。』
その後俺は、一通りの簡単なシステムなどをそのまま電話で聞いた。
ご丁寧に受付の男は店の詳細な場所を教えてくれた。
俺は電話を切った。
―思った通り、まだ丘嶋には利用価値がある―

続く。